社会人の電車マナーが悪いのが最近目につくのと、気持ちを鎮める方法について

(1年前くらいに書いてた記事を投稿し忘れていました、、)

復学してから通学のために電車にのることが多くなったのですが、電車内で社会人の方でマナーが良くない人が目につきます。

特に、TX使っている大人の人がちょっと嫌な感じです。

つくば→秋葉原駅で電車を降りるときに、電車から降りる人を待たずに、我先にと電車に入ってくるスーツのおじさんたち。

どうして降りる人をまてないのでしょうか。

降りる人が少ないとたしかにスキマがあるので、降りてくるのを待たずに電車に入り込むことができますが、そのちょっとの時間を待つ心の余裕もないのでしょうか。

みなさん降りようとして降りられずドアの前で立ち尽くす自分を邪魔そうにしながら電車に入ってきます。

 

あとは席が埋まって隣に人が座っているのに足を組んだり、股をがばっと広げたりする人。

隣の人が窮屈そうにしているのがわからないのでしょうか。

ほんと理解に苦しみます。

 

・・・と、混雑する電車に乗るようになると急に日常のストレスが増しました。

絶対に日本人の幸福度を下げている大きな要因の一つに電車通勤があると思います。

「電車通勤 幸福度」でぐぐったらそれっぽい記事が出てきました。

https://matome.naver.jp/odai/2141867957368230201

幸せだと感じる通勤時間は20分ですか。

こっちはその7倍ですよ。

 

 

対処法

さすがに日常的に決まったストレスを感じるのは嫌なので、対処法を考えました。

前ブログにも書いた、相手の境遇を妄想する方法です。

もう自分のことしか考えていないサラリーマンをみたらこう考えるようにします。

「あの人は連日サービス残業続きで心底疲れていて絶対に座りたいんだな。」

「あの人は職場の人間関係が上手くいっていなくて帰りの電車で立っていられないほど衰弱しているのだな」

「あの人は今日仕事で大失敗してこってり絞られた帰りなんだな」

 

そして仕上げに、仕事から帰ってくると決まって「疲れた~」と口にするお父さんを頭に浮かべます。

 

そうするとあら不思議、なんだかサラリーマンにちょっとだけ同情心がわきます。

我ながら他人を見下すゲスい考え方な自負がありますが、これは使えます。

 

 

どうして大人になっても自分のことしか考えられない人がいるのか。

我先にと席を争うサラリーマンをみていて、どうしてあの年になっても自分のことしか考えていないような行動をするのか、考えてみました。

多分一番は、単純に疲れ果てているからなんでしょうけれど。

 

思ったのは、年をとるほど他人の目が気にならなくなるからでしょうか。

学生くらいの若い頃だと、まだ「自分」というものが固まっていなくて、日々他人の目に映る自分を過剰に気にしている人が多いように思います。

他人の目をとても気にするので、マナー悪く振る舞ったときにどうみられるか、という想像がよくできてしまうのではないか。

あるいは学校教育過程にあるので、日常的に悪いことをしたら怒られる環境にあり、それのおかげで内面に悪いことを見張る自分ができているのだと思います。

 

年を取ってくると、「自分はこういう人間だ」というイメージが出来上がり、自信もついて、他人にどう思われようと自分は自分だ、なんていうふうに思えるようになるのかな。

そうすると、他人の目をあまり気にしなくなるので、人によってはあまり他人のことを想像しなくなるのか、、、いやこれはなさそうですね。

あとは生活面で怒ってくれる人が少なくなってきて、自分に甘くなってしまっているのかもしれません。

 

まあ考えたところでその人が変わるわけでもないですね。

そういう人に出会っても、その人に対して「良い」とか「悪い」とかの価値判断せずに、そのまま受け止められるような心の広さが欲しいなと思いました。

 

おわり