宗教の勧誘から、親切とおせっかいの違いを考えてみる。友達がカルトにはまっていたらどうする?

自分はどうも宗教の勧誘を受けやすい体質なようで、今までにいくつか勧誘を受けてきました。

一部めちゃくちゃ強引で人の話を聞かない輩もいましたが、純粋な善意で勧誘してくる人もいるのでどうにも断り方が難しいです。

さて、今回書こうと思っているのは、その勧誘をしてくる人がもし自分の友人だったらどうするか?

それ怪しい宗教だよ、まずいよ、と言って友人を説得するのは親切なのか、それともおせっかいなのかという部分です。

①勧誘する側の論理を考える

②勧誘はどうして親切でなくおせっかいなのか?

③勧誘してきた友人を説得するのは果たして親切なのか?

の流れで書いていこうと思います!

 

勧誘する側の論理

宗教勧誘というと、強引だったり、悪意があったりといった印象を受けますが、勧誘する側にも勧誘する側の論理があります。

 

善意について

まず、本当に善意から勧誘している人もいるように思います。

彼らは宗教を信じているので、その宗教の価値観を踏まえた世界の認識の仕方をしていて、当然ですがそれが絶対に正しいと思っています。

キリスト教を信じている人は、神様の存在を知らず罪にまみれたまま死ぬのでは地獄に落ちる、と心から思っています。

そう考えると、友達を勧誘する人は、親しいからこそ熱心に善意で勧誘しているようにも思います。

歴史を見ると、殉教者とかいるじゃないですか。

自分の命を捧げてまで、他人を救おうとするなんて、めっちゃいい人もいるんですよ。

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こころのオオカミ

まあ多分に自己満足もあるだろうけどね。それは穿った見方かな。

 

 

強引さについて

次にしばしば勧誘が強引になってしまうのにも彼らの論理があります。

例えば食べ物をくちゃくちゃ音を立てながら食べる子供に親が注意するところを考えてみます。

叱られる子供の側に立てば、叱られるのは不快だし、周りの子供たちも同じようにくちゃくちゃ音を立てて食べているからそれが悪いことだということに納得できない。

けれども、親の側からすれば、それは将来子供が大きくなった時にこまるだろう、と子供のことを考えて(ときにはきつく)注意しているわけです。

 

宗教勧誘の人も、ある意味相手が子供だと思っているのではないかと思います。

その場では、相手にはわかってもらえなくても、長期的な視点でもってすれば、ここで勧誘を諦めるのは相手が不幸になる。

そういう思考回路から強引になってしまっているような気がします。

 

また、別の例で聞いたことがあるのは溺れている人を救助する時の例。

海で溺れている人を助ける時には、溺れている人が暴れて救助が上手くいかなくなることがあるため、時にはがつんと殴って気絶をさせてから運ぶことがあるそうです。

宗教も、特に日本だとまったく別の価値観を持った人が多いから、新しい価値観を受け入れるのにはだいぶ抵抗がある。

そこで、強引に思われようとも、ガツンと勧誘するのが必要なんだ、と思っている宣教師もいる。

、、、なんて話もききました。

 

勧誘はどうして親切でなくおせっかいなのか?

 

さて、宗教勧誘を受けて、あの人は親切だな、とはあまり思わないですよね。

彼らの行為はしばしばどちらかといえばおせっかいの部類に入るように思います。

 

思うにそれは、勧誘側の強引さではないでしょうか。

さきほど書いたように、勧誘する側からしたら善意(=親切)でやっている場合もあるわけです。

それでも、それを親切でなくおせっかいに感じてしまうのは、言われた内容を受け入れられないから。

ただ一言すすめて、断って、さっと引いてくれるのならまだ親切に思うかもしれないです。

なので、宗教勧誘について強引さがおせっかいに思われる原因だと思います。

相手は子供ではなく大人だから、自分のことについてきちんと判断できる能力を持っているとみなして接するのであれば、一歩引いて親切に思われて、

そうではなく、この件について絶対譲れないと相手の意見を尊重しないとおせっかいになるのか。

 

とはいえ、彼らも1回で引き下がるのが逆に相手の不幸になる、と思って親切にすすめてくるから難しいです。

送り手と受け入れ手の相性で、親切が親切にもおせっかいにもなりうるところが、人間関係の難しいところです。

 

勧誘してきた友人を説得するのは果たして親切なのか

 

カルト宗教に心の底からはまっている友人が仮に勧誘してきたとして、あなたはその友達が大事だから助けたい思い、友人を逆説得にかかるシーンを考えてみます。

はたしてその時のあなたは親切でしょうか?おせっかいでしょうか?

少なくともあなたの気持ちは友達を助けたい親切心から起こっています。それは間違いない。

ただ受け取り手はどうでしょう。

どっぷりはまっていて心底信じているのであれば、あなたの説得は聞かず、嫌がりさえするかもしれない。

 

もし強引さが親切とおせっかいを分けるのであれば、ここで逆説得をやめるのが親切であるラインかもしれないです。

 

ただその友達が幼馴染のとても大事な親友だったら。

その友達を放おって置けるのか。

 

この時想像するような気持ちを、宗教勧誘してくる友人は感じているのかもしれないな、と考えてしまいました。

 

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おせっかいの何が悪い。おせっかいを恐れて相手の懐に入らないでいるのはドライすぎやしないかい。

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございました!