【働いたら負け】仕事に消極的な大学生の考え方がインターンで変わってきたかもしれない話

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「働いたら負け」という言葉があります。なかなか強烈な言葉で、自分も負け、とまでは思ってはいませんでしたが、働かなくていいくらいお金があるなら働かないかな、くらいには考えていました。ただ、そのことについての考え方がこのところ変わってきたので、整理していこうと思います。

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1.「働いたら負け」とは

フジテレビ系の情報バラエティ番組である「とくダネ!」にて、2004年9月に放送されたニート特集でニートとされる男性が残した名言「働いたら負けかなと思ってる。」(この後に「今の自分は勝ってると思います」とも発言)から来た、一種の堕落した思想のようなもの。
当時はその衝撃的な発言から話題と人気を博していたが、近年においては生活保護の過剰な手厚さやブラック企業の横行、過労死問題など、「真面目に働いても報われない」社会問題により、彼の発言もある程度肯定的に扱われるようになってきている。 (ピクシブ百科事典

働かなくてもいいくらいお金があれば働かない、なんて考えも、できたら働きたくないという考えから来ているわけで、その点で、働いたら負けといっているこのニートさんと通じる部分はあるのかなと思いました。

2.働いてみて感じること

現在週4~5日でフルタイムでインターンを行っているのですが、社会人の方と似た生活サイクルを経験してみて感じたことがいくつかあります。

2-1 仕事は思ったより楽しい

仕事をする前は、社会人のいやな面ばかり目にしてしまっていました。たとえば満員電車の通勤、とか趣味の時間がなかなかとれない、とか。

また単調な作業の繰り返しとなりがちなアルバイトは、たくさんやってきましたがどれもそこまでのやりがいは感じられませんでした。少なくとも週の大半の時間をそれに今後何十年も使おうとは全く思えませんでした。

一方現在のインターンでやらせていただいている仕事は自分の頭で考えて答えを出して、その自分の出した成果が上司に認められる、そしてそれは社会の役に立っている、というように自己実現も承認も満たされるとても刺激的でよい環境です。

おのおのの仕事も、どのようにやれば効率的に進めていけるか常に考える必要がありますし、試行錯誤してタスクをこなしていくのは、ただマニュアルをだらだらとこなしていたアルバイトとは違い楽しいです。

(といってもアルバイトも受身でなく考えながらこなしていれば感じ方が今と違っていたかもしれません。仕事を楽しくするのは自分の仕事への向き合い方が大きいですね。)

2-2 やっぱり自分の時間が減るのはいやだ

↑と同時に思ったことは、まえまえから思っていた仕事の負のイメージの部分がそのとおりだったことです。

自分は恵まれたことに電車が始発駅からなので座れるのですが、それでも電車がいやです。というより人ごみがいやです。あんな人口密度の高い空間にいないといけないのがすごくストレスになります。

また趣味に注ぐ時間がだいぶ短くなってしまうのもよろしくないです。贅沢ですが、2日じゃ足りないです笑

ただ、かけられる時間が短くなった分、以前よりもその趣味の時間が楽しく感じられるようになっている感覚もあります。大学2年生までのバイト3つ掛け持ち生活から脱してからは割りと時間はたくさんあって趣味にもたくさん使えました。しかし、いつでも楽器を吹けるからと練習をさぼったり、だらだらとこなしてしまったりしていたことを考えると、仕事で生活にメリハリがつくのはメリットにも捉えられます。

働くのはできたら週3日か4日くらいがいいですけれど。

3.なんだか責任感のようなものがついてきたかもしれない

インターンをはじめての変化はいくつかあるのですが、一番大きな変化は、責任感のようなものがついてきた気がすることです。

とても当たり前のことなのですが、私たちは普通に生活している中で他人と関わらずにはいられません。一日中引きこもっていたとしても、その引きこもり生活で使用するものや食べ物、それが当人の元にくるまでには、会ったこともない他人の労働があります。そういった意味で、誰だって他人の力なくして生きていくことができませんし、いやでも人の労働の産物の上で生活するしかありません。

そのことを考えると、働かないというのは社会から提供されるものをただひたすら消費するだけで、とっても無責任なことに感じます。もちろん自分だけいい思いをして生きていくのは楽だし楽しそうに思えるのですが、自分は他人に生かしてもらっていることを意識すると、罪悪感を日々どこかで感じながら生きることになるように思います。

学校やバイトを、かぜひいた、などといってずる休みしたことを自分は何回かあります。ずる休みしたその一日は普通の休日と同じように楽しめたか思い出してみました。他のやつらは学校に縛られてるのに自分はなんでもできるぞ、と優越感にひたれていたでしょうか。自分はそんな風には楽しめませんでした。そう思おうとしても、心のどこかには罪悪感が残っていてもやもやした気持ちになってしまいます。

働かない生活をずっと続けると、きっと毎日心に意識していてもしてなくてもそういった罪悪感がある状態になるのではないかな、と最近思うようになりました。そうだとすれば、働かないでいる生活では100%人生をたのしめていないのと同じ状況なのだと思います。

たしかにバイトもなにもしていない中学生や高校生のときにはそんな罪悪感のようなものは感じていませんでした。ただ年を重ねるにつれて、視野も広がって来る中で、いつかは知識としてではなく、実感のようなものとして、一人で生きていけないんだということに気がつくときがくるのではないかと思います。一度気がついたら、きっと純粋に心からその生活が楽しめなくなるんじゃないかな。

というように、働きたくないな~なんて思ってた大学生が思うようになりました。

4.論点はそこじゃないか?

働いたら負け、が「ブラック企業で働いたら負け」ということなら、大いに賛同します。きちんとした労働環境で人間らしく働けることが前提にあっての考えです。

5.まとめ

仕事をするのは前提で、その仕事にどれだけ時間をかけたいか考えると自分は週3日くらいがいいなあなんてふうに思います。うまく自分で納得のできる公私のバランスのとれた働き方を残りの半年の休学中に探していきたいです。

ふと思ったのですが、責任感とか書きましたが、これは果たして本心なのでしょうか。就職という課題が目の前に迫ってきて、それを受け入れるために、なんとか自分で自分を納得させようとひねり出した考えなのでしょうか。まあだとしても、今はもう仕事はいやじゃないと思えているのでいいか。

アルバイトだけの経験から、働くのいやだな~なんて思っている学生さんは、インターンしてみると考えが変わるかもしれませんよ!

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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